2008年11月5日水曜日

オバマ、バイデン両氏とミシェル夫人 横顔

さて、決まったんなら、景気/経済対策に精出して頂きたいものだ。
ラインナップが載っていたので、またまた引用の嵐

【オバマ氏】

 人種の壁、知名度のなさ、中央政界での経験不足。さまざまなハンディを背負いながら強力な政敵を次々に破り、一気に超大国米国の頂点へと上り詰めた。巧みな弁舌で国民の心をわしづかみにする希代のコミュニケーション能力が、その原動力となった。

 ケニア人で黒人の父、カンザス州出身の白人の母との間にハワイ州で生まれた。インドネシアでの生活経験が異色なら、上院議員となってわずか2年で大統領選出馬を表明したのも異例。「初の黒人大統領」という呼称だけでは語り尽くせない型破りの大統領の誕生だ。

 昨年2月に立候補を表明した当時は「資金も支持もあまりなかった」と振り返る。しかし「変革」「結束」「希望」の3つをキーワードに、新しい米国のかたちを情熱的に訴える姿に、国民は新時代の指導者像を重ね合わせていった。

 「最前線の兵士には共和党支持者も民主党支持者もいる。でも彼らはともに戦い、時には星条旗の下で命を落とす」。人種、貧富、主義主張の垣根を越えて団結し、米国本来の強さを取り戻そうというメッセージは単純だが、真摯で力強い。

 ヒラリー・クリントン上院議員との歴史的激戦となった指名争いは、政治家としての能力を鍛える場となった。その過程で自らも「変革は可能だ」と確信を深め、演説に一層磨きをかけた。

 妻ミシェルさんとの間にマリアちゃん(10)とサーシャちゃん(7)の2人の娘。「心のよりどころ」と慕ってきた祖母マデリン・ダンハムさんは2日に亡くなり、勝利を報告できなかった。47歳。

 上院の経歴では30年以上の差がある大先輩が、後輩に仕える形でホワイトハウス入りする。ワシントンの権謀術数を知る民主党の重鎮だが「重要な決定はオバマ氏の仕事。わたしの役割は最適なアドバイスをすること」と控えめだ。

 ペンシルベニア州で生まれ、デラウェア州で育った。弁護士を経て30歳で上院議員となり、司法委員長、外交委員長などを歴任。懸案が山積する外交は、オバマ氏の経験が浅い分野だけに、政策決定に大きな影響を与える可能性がある。

【バイデン氏】

 上院議員初当選直後に妻と当時1歳の娘を交通事故で亡くした。その後デラウェア州の自宅とワシントンを一時間半かけて電車で往復する生活を続け、残された幼い2人の息子を育てた。長男は今や39歳。州兵として10月にイラクに派遣された。

 副大統領候補の討論会では攻撃役に徹し、古くからの「友人」と呼んできたマケイン氏を「頭に血が上る男」と一蹴。「中傷広告を直ちに止めろ」などと迫った。

 気さくな性格で、党派を超えた議会内の人脈は政権運営でも力を発揮しそう。話し上手だが時に口が滑り、選挙戦では「副大統領候補はヒラリー・クリントン上院議員の方が良かったかもしれない」とこぼしたことも。

 1977年に再婚したジル夫人との間にも1人の娘。65歳。

【ミシェル夫人】

 「わたしは一人の母親。肩書は『ママさん司令官』かしら」。夫に勝るとも劣らぬ弁舌は折り紙付き。選挙戦では2人の娘を育てる合間を縫って遊説やテレビ出演を重ね、オバマ氏に最も近く、最も強力な“側近”として勝利に貢献した。

 シカゴ生まれ。貧しい労働者の家庭に育ちながら、プリンストン大、ハーバード大法科大学院とエリートコースを歩み、弁護士などを経て、シカゴ大病院副院長となった華やかな経歴を持つ。

 オバマ氏とは、弁護士時代に、同じ法律事務所で知り合った。

 民主党指名争いの最中は、失言が攻撃されることもあったが、本選の選挙運動では機知に富む演説、飾らない性格で引っ張りだこに。“主役”の夫なしでも1万人を超える聴衆を集めるようになった。「彼女が選挙に立候補したら、難なくわたしに勝つ」とは、オバマ氏の評だ。

 選挙運動では政治的な問題に深入りせず、経済の先行きや子どもたちの将来に不安を抱く「普通の母親」としての側面を前面に出した。「黙りすぎず、出しゃばりすぎず」という大統領夫人の役割を意識したようだ。

 オバマ氏が全幅の信頼を置く相談相手として、存在感は一層高まりそう。来年1月に45歳となるファーストレディーは、ホワイトハウスに新風を吹き込むエネルギーを秘めている。(ワシントン共同)

2008/11/05 13:39 【共同通信】


全く立場が異なるとは言え、ウチのカミさんが「庶民的なミシェルの方が、ペイリンに比べればまだマシ」と宣ったのが、最も端的な「差」だったような気もする。 諸々影響は考えられるものの、この結果が日本にどう影響するのか?などという話は、起こされた行動を見るまで、全く「わからない」のが正直なところではあるし....。

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